最近、映画とか見てではなくて、ただ純粋につらくて泣くときは、「自分の無力を感じて」という理由だけのような気がする。俺はほんとうに無力だ。

悲しむべき無力というのには2つあって、1つは、今まで努力してこなかった結果今無力だということ、もう1つは、どんなに努力してもどうしようもできないことがあるということ。せめて、頑張れば何とかなるのであれば頑張ろうとも思えるのだけれど、頑張って俺が変化したところでどうにもならないこともある。

そんなことはずいぶん昔からわかっていたことなのだけれど、こう、改めて突きつけられるともう、悲しくて悔しくてどうしようもなくて。

『考えると暗くなる 割り切ったことが再び 考えると暗くなる 正当化するのも疲れた』 まったくそのとおりだ。もう考えない方が良いこともある。そしてそれはだいたい真理だ。真理から目を背けさせておくれよ。逃避を飛び石で繋ぎながら毎日を渡っているんだよ。

そして頑張るしかないという現実。笑えてる間は、大丈夫、生きてる。このつよさが俺をひとりで歩かせるのだろう。どうせなら誰も何も必要としない完全体にしてくれれば良かったのに。